建築設計事務所の仕事 過去掲載分-02 work index

page2page1

 
1999/05/10 一級建築士について

「何の仕事をしているんですか ?」
「建築の設計です」
「へぇー、一級建築士とかって持っているんですか ?」
「えぇ、そりゃぁ、必要ですから・・・」
「頭、いいんですね」
「・・・」

車の免許を持っている人なら分かると思います。
車の免許を取ったからって、運転がうまいわけではないってことを・・・。
年齢を経ているからといって、ペーパードライバーかも知れません。
当然、建築士も同じです。設計するために必要な最低条件でしかありません。
設計を依頼するときは、騙されないようにしましょう。

・・・でも、そう考えると「お医者さん」も同じだよね。
「こっわ〜」

まともな設計者を捜すのは難しいと、私は思っているのですが、それと同じようにまともな医者を捜すのも難しいとすると・・・大変なことだ。最近医療事故が多いけど、隠せなくなってきただけで、その数なんて以前から変わっているはずがないと思いますから。

設計でも、「設計ミス」を認める事務所も殆どありませんから。たいていは、建設会社のせいにします。
しかし、このへんは新聞で騒がれることもないのは不思議だね。


1999/05/17 作家事務所-1

大高正人氏の事務所に8年いました。

「派手ではないけれど、きちっとした建築」をつくる、大高氏の作品が好きで、学生の時に描いた図面を持って「事務所に入らせて」と押し掛けました。
一応事務所は、10時から18時までが就業時間となっているらしいのですが、11:30にきて昼御飯を食ってから仕事をする人もいますし、9時から来る人もいます。遅く来ても文句は言われません。自分の仕事を責任持って仕上げればいい・・・という考え方で、完全なフレックスタイムです。

フレックスタイムといっても、自分の仕事に責任を持つのは大変です。私の 2年後に事務所に入った T君(といっても歳は私より上)は、何ヶ月もアパートに帰れず、朝、事務所に行ったら湯沸のシンクの中に裸でちょこんと座って身体を洗ってた。
私たちは、住所を事務所に移そうかと言っていたくらいだから、ホントは「どこがフレックスなんじゃい !!!」なのですが・・・

私の1年先に事務所に入った芸大出身の Mさんは、たいていの朝、東急ハンズによってから事務所に来ます。この人の作る模型は半端じゃなくて、工具から自作するような人で、平気でFRPで3次曲面を作ったりします。「横浜博」の時は、膜構造の建築だったのですが、テントの模型のためにストッキングを毎日買ってきていました。「看護婦さん用の白いやつがすっごく伸びて模型には良いんだよね。へへへ」と笑っていました。(この人ストッキングを比べたんだ・・・模型のためには、恥ずかしいなんて思いもしないプロですねぇ)

時たま、「う〜ん、建築家って僕たちと違った訳わからん事言うなぁ〜」と笑えることがありました。ある日の夜、FMを聞きながら図面を描いていたら(普段はラジオは聴いていない)たまたま大高氏が来て、
建築家が音楽を聴きながら設計をするなら、音楽家は図面を描きながら作曲するのか ?」と叱られた。
「集中して設計しろよな」という意味なのですが、どういう論理でこうなっちゃうんだろう ?


1999/05/20 作家事務所-2

大高氏と設計の打合せをするには、ラブレターを事務の Aさん経由で渡して貰います。件名と打ち合わせしたい内容を書いたメモを我々はラブレターを読んでいました。夕方、いろんな担当者が出したそのメモを何枚も持って大高氏が設計室に現れます。自分よりも前の打合せが調子悪くて、今日はどうも機嫌が悪そうだということに気付くと、「打合せは明日にしとこ」と、気付かれないように、そっと製図板の上にあるメモを回収したこともあります。そのうち要領がよくなると、大高氏がトイレに行ったときに、偶然を装って私もトイレに行って世間話などをして、機嫌を確認してからメモを出すようになったりして・・・。

工事単価の良い設計の場合は、「色」は素材で決定されることが多いので、材料の打合せは、比較的楽に進みます。ところが、工事単価の安い場合は、塗装仕上げになることが多く、「色」の打合せに苦労します。何故って?塗装色は無限にあるからです。打合せの結果 A と B の色に絞られたとします。 「う〜ん、この中間にしようか」なんて始まると、地獄の扉を開けてしまったことに気付いてガックリ。次にAとBの中間の色(AB)を手配して打合せに臨むと「AABは、どうだろ ?」なんてことになり、エンドレスに突入。品川にある塗装メーカーの試験室に行って何十枚の塗装見本をその場で作って貰い、まだシンナーの臭いがぷんぷんする見本を持って山手線に乗ったことを覚えています。その時は、そのエンドレス状態から抜け出すために、作った見本を幾つか隠しておいて、打合せをして貰い「これらの中間を・・・」と言われたときに「あっれ〜っ、今探したら、ちょうどこの中間色も見つかりました」なんて嘘を付いて決定に持ち込みました。

図面は、殆どのディテールが決定されるまでは、ロールのトレーシングペーパーを切った紙に描きます。縁取りをした紙に描くのは締め切り前一ヶ月くらいで一気に描きあげます。毎日図面を描いてそれに従った模型を作る作業が延々続きます。打合せはその図面と模型で行われるのですが、当然打合せの度に変更されていきます。ある日の変更があまりにも大きく殆ど設計のやり直しに近いもので、呆然としていると、チーフの Nさんに言われました「文句言ってる間に、手を動かす!」 そうです、ぶつぶつ言ってても前には進まないのです。少しづつでも前に進まなくては・・・・。


1999/05/31 作家事務所-3

昨日言っていたことと、今日言ったことが、矛盾していることがあります。大高氏に勇気を振り絞って「昨日は、○○だとおっしゃいましたが・・・・」と逆襲してみました。ところが 「君ねぇ、人間少しづつ進歩するもんなんだよ、昨日寝ながら考えたらこっちの方が理にかなっていたんだよ !」 (寝ながら考えるなよ。寝るか考えるかどっちかにしろよ〜)と心の中で思ったのですが、 「はぁ〜なるほど」  とあっさり返り討ちにあってしまいました。それから、役所の担当者にもっともらしく理由を付けて説明する我々担当者の口がうまくなるのは当然です。昨日と正反対のことに疑問を抱かせず、考え方が進歩したように説明するのですから・・・まさか大高氏のように「寝ながら考えたんだけどね」なんて、役所では通りませんから・・・。あのときは、つらかったのですが、今では良い勉強になったと思います。
2年後輩のH君は、筑波のバスターミナルを設計しているときに、そういう状態になって、常磐線に乗っていて気分が悪くなって、取手駅で途中下車して、茶封筒の中の書類を出してその中にゲロを吐いた。・・・って笑ってた。笑ってた・・・ってのがすごいよね。事務所に戻ってきて、まだ青白い顔をしながら「今日、取手で吐いちゃったんですよ。ヘヘヘ」だって。作家事務所に入ると性格が変わって精神的に強くなるようです。というか、それに耐えられないとやっていけないのかも知れない。

2年前に、「珠洲の斎場」が完成したときに、上京して大高氏に写真を見てもらいました。帰るときに、「また、ちょくちょく見せに来なさい」と言われたので、「次に見せられるのは5年後くらいかも知れない」って応えたら、「そんな悠長なこと言ってたら、もう死んでるかも知れないじゃないか」と言われた。(これ、笑って良いのか ?)


1999/06/03 作家事務所-4

トレーシングペーパーに描いては消し、描いては消しを繰り返していると、だんだん図面が汚れてきます。(今ではパソコンを使ってキャドで図面を作るので、印刷した原図は美しいのですが・・・)
ある日、コーヒーを図面にこぼしてしまい、トレペがパリパリになり、シミはできるし「こりゃまずいなぁ。大高さんにはメモも出してしまったし、打合せまでに描き直せるはず無いし・・・」と、真っ青になっていました。しょうがないので、そのまま打合せに臨んだら・・・

大高氏 「うーん・・・」
私     (どきっ。やっぱ叱られるよなぁ・・・)
大高氏 「味がでて、よくなってきた。いいんじゃない!」
私     (うっそ〜〜!) 「ありがとうございます !!!」

図面の中身が問題であって、外面に惑わされるといかん!・・・ということでしょうか ?でも、それ以来、打合せがうまくいかないときには、図面にコーヒーをぶちまけたい欲望に駆られてしょうがなかった。

コンクリート打放しは、ちょっと格好良く見えます。派手な色を塗装した壁なんかも、我々の眼をひいてしまいます。そんな建物を観たときに、「これがコンクリート打放しでないとしたら・・・」とか「この色が無彩色だったら・・・」という眼で観てみます。それでもその建物が格好良く見えるとしたら、「美しいフォルム」を持っているということでしょう。そうすれば、色や材料でごまかした建物に惑わされることがかなり多いことに気付きます。そういう眼でみると、コンクリート打ち放しにはそれに、ふさわしいフォルムがあることに気付きます。ただ、コンクリート打放しをやりたかっただけの建物との区別をつけなければなりません。色についても同じです。色は+αの存在であって建築の優劣を決定する物ではないと思います。

私は、コンクリート打放しはあまりしたくありません。必ずクラックが入るし、径年性能も劣ると思っているからです。だいたい何千万円を賭けた一発勝負なんて怖くて・・・


1999/06/17 作家事務所-5

実現不可能なことを、「とにかく、やってみろ !」・・・と、言われることがありました。その「実現不可能なこと」というのは、単にその人が勝手に不可能だと思い込んでいる場合が多いってことを学びました。
「それは無理です。」・「そんなことできません」なんてすぐ言っちゃうのですが、「本当 ?」と聞かれたときに「できない」条件を挙げなければいけません(当たり前のことですね)・・・でも、その条件を口に出して言っているうちに「あれっ、もしかしたら、こうすればありえるかも・・・」ということがよくありました。
「できる」というのは簡単です。できる条件を一つだけ証明すれば良いからです。でも「できない」というのを証明するには、大変な労力を必要とします。全ての場合を想定しなければいけません。自分が全てを検証したと思っていても、たった一つ検証し忘れていると、「こうやればどう ?」と言われてみれば「あれっ、ホントだ」ってことに。

それ以来、「そんなこと、できない」とか「無理だ」と口に出すことは無くなりました。結構やってみればできたりするからです。
現場で、職人さんやメーカーの担当者が「それは無理ですよ」と言ったときに「じゃぁ、お金を出せばできるの ?」と聞くと「えぇ」と返事が返ってきたり。それは「○○円ならできないが、プラス△△円ならできる」の間違いです。建築主がその差額分を支払うと言ったら、「無理」ではなく「あり」になっちゃいます。
んなことがよくあるので、ちょっとやそっとでは引き下がらなくなって、しぶとく食い下がってしまい、職人さんに煙たがられることもあります。でも、最後に「できたじゃん !」っていうと、嬉しそうにしてたりして・・・。

      最後まで諦めるな !!!


1999/06/24 打合せ相手を煙に巻く

設計が終わると現場の監理が始まりますが、若くあまり知識も無いときに現場に行かされた時は困りました。建設会社の現場担当者が施工図を広げて「ここ、どうしますか ?」と私に聞きます。その前で本を広げて勉強を始めるわけにも行かず、「わからん」というのも癪だし、知ったかぶりをすると、後がやばいし・・・。『何とか時間稼ぎしたいよな〜』と、心の中で考えていました。
ちらっと施工図を観て
「じゃぁ、○○さんは、どうしようと思ってるの ?」
「こうやればいいかと」・・・と○○さん
心の中では『ふーん、そうすればいいのか〜でも、事務所に帰って調べてみないとな・・・』それで、口からでたのは

「ホント〜ォ ?」(疑り深そうに)

○○さん  「えっ、これでいいと思いますけど、もう一度調べてみます」
僕       『やった、時間稼げた』
          「多分それでいいと思うけど、僕も帰って調べてみるよ !」

今では、もうそんな見栄は張らなくても、平気で、分からないことは「わからん、教えて !」と言えるようになりましたが・・・


1999/07/01 web site の効用

1999/05/31に、このページを観てコンタクトを取ってくれた「IJ」さんが、来所してくれました。来所の目的は、「いつか、家を建てたいが、設計事務所ってどういうことしてるの ?」です。いろいろ聞いてみると、「やはり設計事務所の仕事についての認識が一般に浸透していないなぁ」というのが実感で、ある意味それは我々設計事務所の怠慢ではないかと思いました。そういう点では、多くの事務所が web page で仕事についての内容を書かれていることは無駄ではないように思えます。このIJさんのコンタクトが、直接仕事になるかどうかは分かりませんが、サイトを公開することは仕事に結びつく可能性がゼロではないことも分かりました。

電話帳で、設計事務所を調べてもあまりに数が多いため、どこにかければいいか絞れない。設計事務所へ行って「住宅を建てたいんですが・・・」なんて言いにくいし、敷居が高くて・・・。それで、WEB で探してみたけど、メールを出すにも勇気が要ったそうです。でも、電話したり飛び込みで行くよりずっとメールの方がコンタクトをとりやすかったそうです。
その時に聞いた話では、幾つかの設計事務所のページを観たけど、当ページにメールを出した理由として、「定期的に更新されていること」・「見やすかったこと」・「考え方に共感できたこと」・「同じ地域」などが、挙げられるそうです。

ページを作ってから、いろんな方にメールを戴いて、「あぁ、読んでくれている人もいるんだ」と、ようやく実感が湧いてきています。殆どの人は、「flashムービー」をすっ飛ばして、ごく普通のメニューページから観られているようです。自分で作りながら「こんな、愛想のないメニューでいいの ?」と思っていたのですが、以外とそっちの方の評判が良かったりして、「分からないものだな」と驚いています。トップページでなんとか目立とうと、チカチカやったり、色を使ったり、みんな苦労をしているのに、シンプルな方を選ぶってことは、観る人はもうそんなことには惑わされなくなっている・・・情報に素早くアクセスしたい、ということなんでしょうね。

定期的にページを更新することも大切なようで。私がよくアクセスするのはやはり更新日が決まっているページですね。いつ更新されるか分からないページは、気に入って最初何度かチェックするのですが、変化がないとだんだんアクセスしなくなってしまいますもんね。頻繁に作品を発表していけるはずもなく、文章で建築に対する考えを伝えることで、ページの更新をしていくことが求められるのかもしれません。作品の写真だけを公開しているページでは、「その事務所の考え方が伝わってこない」ともIJさんは仰っていました。確かに専門家相手の場合は、「写真から読みとってくれ!」でもいいのかも知れないのですが、対象が一般の方の場合、こちらが何を考えているかも伝えた上で、作品と考え方が一致しているかの判断をして貰うしかないでしょうね。

どこから、このページをみつけられたかですが、「住宅情報ページ <ie>」からだそうです。「なんか、マイナーな雰囲気だなぁ」と、思っていたのですが、以外とありのようで・・・ページを検索されやすく、いろいろなところにリンクをお願いすることも必要なのかも知れませんね。でも、ページを観てメールを送ってくれる方の殆どは「goo」などのロボット型検索ページからです。ということは情報量を多くしてヒットする確率を増やすことも重要なようです。



学生の方からのメールも戴きます。直接仕事とは関係ないのですが、建築についてのメールを交換するのは私の刺激になり、また勉強になることが多いので嬉しく思っています。

作家事務所に、リンクのお願いをしたところ、その事務所の方からメールを戴くこともあって、普通では、まずお話しすることもないはずなのに・・・と不思議な感じがしています。


1999/07/29 材料の使い方

木は年月と共にやせていきます。「やせる」というのは外形寸法が縮まることをいいます。外壁に木を張った建物がありますが、縦に板を張ったものや横に張ったものが見られると思います。縦と横では何が違うのでしょう ? 設計者でもそれを理解して張っている人は少ないように思えます。昔からの下見板というのは横張りです。古い建物には横張りが多くて倉庫や住宅でも昔のものはそうなっていませんか ? 設計者は人と違ったことがしたいらしく、横張りだと古くさいしなぁ・・・などと理屈をこねたりして、縦に張ったりします。以前、後輩が担当した金沢にある住宅を見せて貰いました。そこも、板を縦に張っていたので、「木が痩せて雨が漏るだろ ?」と訊いたら「だって下地にルーフィング(防水シート)を二重にしているしタイベックシート(防湿シート)もあるから・・・」との返事でした。この考え方は間違っていると思います。

縦に板を張った場合、(下図の左側)目地の部分の木が痩せたときに上から下まで雨が流れていくうちに内側に雨水が入ってしまいます。右のように横に張ると木が痩せても「本実(ほんざね)」部分が出っ張っているために水を返します。また、壁についた雨水は一番下の方でポタリポタリと落ちるわけですが、縦の場合は一番水を吸い込みやすい小口に水がつくために板の下の方が図のようにシミになります。それで、壁を黒く塗ったりしてシミを目立たないようにしている建物もあります。横張りの場合水を吸いにくい部分で雨を切るために殆どシミにはなりません。防水シートで雨水を止めるのではなく、できるだけ外壁で水を止めることを考え、それでも入った水を防水シートで止める・・・という考え方が正しいと私は思います。格好で目地の向きを決定するのではなく、材料のもつ特性を理解していれば、木を使うと自動的に横張りにせざるを得ないと思うのですが、縦張りの住宅に住む あ・な・た! 設計事務所は、縦張りと横張りの違いを丁寧に説明してくれましたか ?  それを理解した上であえて縦に張ることをあなたが同意したなら私は何も言いません。


※この画は「本実」の羽目板(はめいた)張りを縦張りと横張りにしたものです。同じ形状での比較をしました。
09/09/99追加

Kさんが上記の件についてMさんという方に『どうなの ?』と質問をされたことに対してのMさんからKさんへの返事のメールです。たまたまKさんにその話を聞きKさん経由でMさんにページへの掲載をお願いしました。私信を掲載することを許していただいたことをMさんにお礼申し上げます。
青色の文章が転載させて貰ったメールで、私と反対の意見です。ホントならここで反論を書くか、「まいりました」と納得するかをするべきなのですが、どう書いていいかわからないので、反論を掲載させて頂くことでお許しを。「結論を出せないならページから削除しろ」とは言わないで下さい。

材料の使い方
古民家の壁の板張りは、縦張りですし能登地方の昔からある板蔵は縦張りになってます。
昔は、縦に張るのを羽目板、横に張るのを下見板とよんでいたようです。今は、横羽目などといいますが。それと、下見板の断面はホームページの図のような形状と違います。重ねて張ります。図は実加工といいます。
(図が下見板張りとは書いていないのですが、とりあえず注意書きを付け加えました。)
縦張りのほうが、自然だし理にかなっていると思います。蛇足と思いましたが、計画中すまいの外壁に板を縦張りすると聴いてましたので・・・。自分が、今まで外壁に板を張ってきて考えてきたことを、思いつくままに展開します。まとまりませんが。

Kさんが疑問に思っている痛んだ部分の補修の難易度は、どっちも50歩100歩と思います。市場に出回っていて入手できる材料の、乾燥度や節の有無・材のきめこまかさ等の良否が重要なことで、現状では材は割れる節は抜ける そして、そこから漏水するということは前提にして雨仕舞を考える必要があります。それは、縦張り.横張り以前の問題です。板自身での雨仕舞(あまじまい/水が漏らないようにすること)はむずかしいので、板の内側に雨が侵入しても大丈夫な納まりを考えることだと思っています。私は、合板下地をしてその外側に防水紙(水は通さず空気は通す性質の材料)を張り、そして板を張っています。板ができるだけ乾燥した状態になっており、湿潤状態を避ける環境に工夫することです。  施工後の状態をです。腐れ防止です。板の水きりをよくするのは、大事です。横張りのホームページに書いてあった図の実加工(さねかこう)は、目地に水がたまってうまくないようです。そういう私も、Tさんのすまいをはじめいくつかやってきましたが。

はじめのほうに書かなければいけなかったのですが、板は繊維方向に割れます。縦方向に割れます。横方向にはまず割れません。そういう点からも、一応縦張りのほうが理にかなっているでしょう。

西岡さん(西岡常一氏のこと)がいわれていたように、樹齢と木の耐用年数が比例するなら、所詮外壁に張る材は、樹齢は長くないので保守管理になかよくつきあっていくスタンスがだいじです。

縦張り.横張りどちらが施工的に理にかなっているかということより、デザイン的、あるいは美意識的にどっちが好みに合うか嗜好性の問題と思っています。


通気(つうき)をとるために胴縁(どうぶち)を流したいけど、横胴縁だと上下方向の通気がとれず困るので縦胴縁にしたい。また横胴縁だと外壁から進入した雨水が溜まってしまう。合板下地に何も咬ませないまま、直接板を張るのでしょうか ? それでは外壁材との間に通気層がとれなくなって乾燥しないような気がしますが、僕の知らないカッコいいディテールがあるのでしょうね。
私としては重力というものがある限り、縦と横がデザインという嗜好だけで決定されるというのは不思議に思うのですが・・・。
09/16/99追加

Taka氏からメール(1999/09/12/13:48)を頂きました。その中からの抜粋です。

『外壁の板張りの件、判定がつかないでしょうね。能登では「縦張り」が多いそうですが、私の田舎では「下見板」のほうが多かったように思います。これは、気候風土と密接にからんでいて、地方毎に「正解」があるように思います。ただ図解に、実加工と下見板の比較があればより親切と思います。
最後に、チョット気になったこと。会話が「専門家どうし」になっています。長村さんのサイトが『建築関係者専門』ならかまわないのですが、もし幅広くがねらいなら、解説なり説明を加えるべきでしょうね。例えば、「本実」を「ほんざね」と読める素人がどれだけいるか?更にそれがなにを意味するか?あの論争は、素人にはほとんど理解できないと思います』

そうですね。図解することと専門用語にフリガナをつけることをやってみます。批評していただいてありがとうございました。今度ともよろしくお願いいたします。「能登には縦張りが多い」・・・という件については、私の仕事の範囲は90パーセント能登なのですが、下見板が主だと思います。M氏が仰るように「板蔵」は縦張りかも知れませんが、一般の民家では下見が主流のようです。

>これは、気候風土と密接にからんでいて、地方毎に「正解」があるように思います

昔からの工法が全て正しいかどうかはわかりません。あまり考えないままにデザインだけで工法を選ぶことは危険ではないかと思うのですが、へたに考えたために失敗することもありえます。私の意見はその後者に属しているのでしょうか ? 学校や本では形の違いを説明するだけで、使い分けの仕方についてまでは踏み込んでいません。好みで選べばいいからでしょうか ? 縦張りが正解だとすれば何故、何種類ものよこばりがあるのでしょうか ? ただ、私の昔使った「建築構造」の教科書では『縦羽目板張りの雨仕舞は下見板張に劣る』と書かれていますが、その理由については触れず『下見板張と羽目板張りを比べ、それぞれの特長をあげよ』なんて質問で終わっている。まいっちゃうよね。しっかり講義を聴いておけば良かった・・・。


下見板張には幾つかの種類がありますので、私の知っている五種類のうち三種類を描きました。挙げなかったもののうち一つは「押縁下見(おしぶちしたみ)」というやり方ですが「ささら子下見」の「ささら子」を普通の押縁で押さえたものです(ささら子より経済的)。あまり見かけないので今回は描きませんでした。もう一つは下見板を張ってささら子や押縁で押さえないもの(田舎の倉庫などの簡単な外壁)ですが、「よろい下見」という。

画をクリックすると拡大されます。

 
ささら子下見
一般的な下見板で、板を横張りした上に、ささら子と呼ばれるギザギザに加工された部材で押さえる。
南京下見
長押引き(なげしびき)と呼ばれる台形に加工された板を横張りする。
ドイツ下見
相决り(あいじゃくり)と呼ばれる両方をそれぞれ切り欠いてある板を組み合わせて張ったもので、箱目地(はこめじ-目地に隙間があるもの)が基本。目地を突き付けにすると雨に濡れた後その部分の乾燥に時間がかかるから。
縦羽目(たてはめ)
板と板は本実(ほんざね-凸と凹を組み合わせる加工される)普通二階建て分の高さのある壁を張るときには、板の長さの関係で一発では張れないので、水切などの横材が必要。

塀などに板を張るときは縦張りですね。

09/23/99 追加

Taka氏からこの話題は『歴史的時間(時代)と地域を限定されたほうが良いと思います。』とのメールを頂く。確かに本実加工は細かい加工を施す機械や道具が登場してからの事でしょうし、それ以前は下見板が普通だったことは想像できます。地域性では太平洋側のからっとした気候温暖なところでは、論じる意味も無いのかも知れません。
そういう訳で、この話題は、現在の北陸でのことという条件を追加させていただきます。
この話題についてTaka氏のサイトでも触れられています。興味のある方はどうぞ !


1999/08/02 目地について

目地について

建築で使う材料の大きさは限られているので、その間に目地が設けられます。コンクリートのようにシームレスな素材では、乾燥収縮でおこるクラックを誘発させる目的で設ける目地もあります。素材の寸法精度や材料の種類によって設ける目地の幅は違います。大理石をインテリアで貼る場合、「ねむり目地」といって目地幅ゼロで施工する場合もあります。それは材料の精度が高く温度によっての寸法変化が少ないときに限るので、外部の仕上ではそういうことはできません。

例えば外壁にタイルを貼る建物の設計を考えてみましょう。
普通設計者は「スパン」と呼ばれる柱と柱の間隔を切りのいい数字に設定します。柱の大きさというのは、建物の高さや設けられる部屋の種類によって違ってきますから外壁の幅は構造計算によって変わってしまいます。構造計算が済んでから、建物の詳細設計をするのですが、その時にタイルの割付をする設計事務所は少ないようで、現場が始まってからタイル屋さんが施工図としてタイル割付図を描いているようです。窓の位置や大きさを考慮しながら割り付けていく作業は面倒なものです。タイルの大きさは変えることができないので目地の幅を調整しながら綺麗に割りつくようにしていくのですが、設計時点でだいたいの寸法をチェックしてある建物の場合はいいのですが、「あの現場はひどかった・・・」とタイル屋さんが文句を言っていることが多いところをみると割付を無視した設計も多いようです。私の場合は最初に全部割り付けてからスパンやサッシュの大きさを決めるようにしています。そうすれば後から微調整をする必要もないし、目地幅が小さくなって性能を落とすこともないからです。
なぜ、設計時点で割付をしないかを聞いてみると「そこまで時間をかけるほどお金を貰っていない」・「どうせタイル屋さんが施工図を描くから」というような後ろ向きの返答ばかりです。コンクリート打放しのパネル割りはするくせに・・・。


「張る」と「貼る」の違いについて

釘状のもので材料を留めつける場合は「張る」
糊状のもので材料を留める場合は「貼る」
板は「張る」であり、ビニルクロスは「貼る」


1999/09/13 オープンデスク-1

学生が長期の休みに設計事務所の空いている机で勉強させて貰う制度・・・制度といっても設計事務所側のボランティアにすぎませんが・・・にオープンデスクというのがあります。よくある言葉で言い表すと「実習」でしょうか。しかし、実習は強制的意味合いが強いのですが、オープンデスクは個人が行きたければ自分で設計事務所と交渉するという自発的なものです。

事務所側では当然つきっきりで教えてあげるはずもなく、普通はアルバイトとの区別はありません。模型を造ったり掃除したり・・・まぁ、雑用をしながら実際の仕事を盗み見てその事務所の雰囲気なりを感じるわけです。アルバイトとオープンデスクの違いは単に報酬があるかないかの違いです。将来は作家事務所へ入って設計したいという志を持った人は、実際にそこでアルバイトをしてみて雰囲気を知ることができればいいのですが、そんなに都合良くアルバイトがあるはずもなく、無報酬のオープンデスクでも・・・と申し込むわけです。だいたいは二週間程度の期間なのですが有名建築家の事務所になると順番待ちもありえるほど人気が高いようです。

みかたによっては、タダで学生を使えるという事務所側のメリットを指摘する人もいるかも知れません。しかし事務所にとっては、内情・・・例えば進行中のプロジェクトを見られたり・・・を他人に知られるというデメリットもあります。他人を事務所内に迎えるというのはやはり大変です。おっとそうだ、優秀な学生に唾をつける・・・という可能性もあるのか・・・なぁ ? もし、それがアリならメリットの一つでしょうね。

その短期間に何を学ぶかが大切なのですが、二週間という期間の中でその有名建築家と話す機会を持てたならそれはラッキー(当然小事務所の方がその機会は多いですよね)。模型を造りつつ打ち合わせしている姿を観たり、昼食時に情報を仕入れたりがオープンデスクの普通の姿です。

作家事務所がオープンデスクという手段で身近に感じるという、ある種の弊害もあるかも知れません。新学期には学校に戻り「オレは○○事務所へ行った」、「私は△△のところへ・・・」とそこへ行ったことが、ある種のステータスのように自慢している学生もいることでしょう。しかし、現実はそう甘いものではないことをこの機会に学んでくるべきです。その後就職までの間にするべき事をみつける場と考えて欲しいと思います。私はすべき事をみつけることなしに作家事務所へ入ったために苦労してしまいました。事務所に入ってから先輩に「長村さん、早く帰って勉強すれば!!!」と言われても、悲しいことに何をすべきかを理解するまでにすごく時間がかかりました。せっかくの機会を有効に使ってください。


1999/09/20 オープンデスク-2

さて、今回の1999年夏の当事務所のオープンデスクは二人の学生がやってきました。別に募集しているわけではないのですが、このサイトを見てメールで申し込んできたのが金沢に住む大学院 2年生と、メールでのつきあいがあった東京の大学院 2年生。和泉と二人でいた狭い我が家のリビング兼事務所に二人も増えて人口密度も上がり、タダでさえクーラーもなく暑い夏に地獄を見てしまいました。オダケホームが主催する学生コンペがあったのでそれを題材に実際の設計の進め方を指導してみました。学校の設計課題と違ったシビアなチェックに彼らはエスキースを何度も描き直していました。私にとってコンペの提出が目的ではなく過程を大切にしたいので、いい考え方が出るまでOKはださない。また、コンセプトとプランニングの整合性がとれていること、独りよがりのコンセプトではないことや実際の設計をするときに盛り込むべき大切な要素の一端を伝えることができればいいなと考えていたのですが、どれくらい伝わったのでしょうね。考え方にしても学生なんだからもっと柔軟で奇想天外(なんちゅう古い言葉)なものを期待していたのですが、思ったより現実的。『この辺に柱が必要だろうか ?』なんて質問が出てしまう。そんなものなんとでもなるのに・・・。『ここに柱をつけたくないが、そういうことはできるか ?』という質問の方が学生らしくていいと思うのですが ? まず、自分のしたいことに向かっていく方が先決でしょう。現実に囚われてしまうと小さくまとまったものしかできないように思えます。ポートフォリオだと結構自由な発想で『これはいいな、パクリたいくらいだ』と思ったような作品もありました。多分、設計事務所という場で緊張してしまい、いつもの自分を失っていたのかも知れませんね。
私がしたアドバイスと自分のオリジナルを正確に認識することも大切ですが、その結果はこれからの建築人生を続けていく上での自分の性格に影響を及ぼすだろうと思います。
東京からの学生の方はコンペに何とか提出が間に合い・・・ひどい眼にあったけど・・・郵送する時間もなく当日プリントアウトし富山県の提出先まで高速を飛ばして(当然運転は僕。でも、高速代とガソリン代を負担することを自分から申しでました)やっとぎりぎりに・・・という具合でした。当事務所でプリントアウトしているさなかプロッターが壊れてしまい、仕方なく先輩の事務所で出力をさせて貰い、高速へ。とばしているうちに急に背筋が寒くなったのでブレーキを踏みつつ走行車線へ。300mくらい後ろからじわーっと近づいて並んだ車を観ると、思ったとおり覆面でした。悔しそうにこっちを睨んでいましたが、こういうときの神経は研ぎ澄まされているんだよね。三分間くらいゆっくり走っていると、さっきの覆面は人柱になってくれた大型トラックを止めていました。その後すっとばしてぎりぎり間に合うという綱渡りをさせられましたが、最優秀賞をとったというメールが彼からあったので、まぁ指導した方向は間違っていなかったのでしょう。しかし、わたしにすればプレゼンはまだまだで、これに慢心することなく勉強を続けて欲しいと思っています。


1999/09/04/23:39 NKEクンからのメール

まずは、実際に会って話をすることができて本当に良かったと思っています。長村さんとは、webを通じて知り合い、メールのやり取りによって仲を深めてきたわけですが、やはり人と人との関係は実際に会ってからが、本当のスタートではないかという気がします。メールでの関係というのは、とかくあいまいなものです。年齢の差や、立場の違い、そういったあらゆる事実がメールの世界では希薄になってしまいがちです。そのために、相手を尊敬する気持ちや思いやりが欠けてしまったりするのではないでしょうか。ぼくの場合も長村さんに対する尊敬の思いが足りなかったように思います。実際に会う以前ももちろん尊敬していましたが、会った後では、それが全然足りなかったと痛感しました。そういう面において、人と人との本当の関係は、実際に会った後に始まるんだなと思ったわけです。ぼくが長村さんに会って、尊敬の念を強くしたのとは逆に、長村さんはぼくと会って、意外と大したことのないヤツだな、とがっかりしたかもしれませんね。とにかく実際に会って、その関係がハッキリしたということは、これからの付き合いにとって、プラスにこそなれマイナスにはならないと思うわけです。少なくともぼくとしては、長村さんとは、この後何十年も先まで付き合っていければいいな、と思っております。改めまして、これからもよろしくお願いします。

今回の半居候生活の中で、特に思いを新たにしたのは、建築の設計をすることの大変さと楽しさ、そしてやりがいの大きさです。ぼくのポートフォリオを見て、長村さんも思ったことでしょうが、3年生の頃から、建築を非常に抽象的なものとして捉える(捉えなければならない)機会が多く、それがある種のフラストレーションになっていました。そのことが、今回このコンペに応募してみようとしたきっかけでもありました。長村さんのところにお邪魔し、いろいろな話をうかがったことで、プランやディテールの良し悪しなど、本当に勉強になりました。学校で議論するのとは違う、建築の別の面を見直すことができたと思っています。

コンペは完全な形では出すことが出来ませんでしたが、とにかく出すことは出来ましたし、結果よりもその過程が大事だと思うので、長村さんのところにお邪魔して本当に良かったと思っています。いい勉強になったと同時に、とても楽しい思いをさせてもらいました。長村さんばかりではなく、和泉さんにもいろいろとお手数をおかけしたこと、たいへん申し訳なく思っております。これに懲りずに、また遊びに伺わせてください。本当に本当にありがとうございました。


いつか彼らがいい作品の写真集を持って遊びに来てくれることを待っています。現実の厳しさに負けないで自分なりの建築の方向を探して行くことができたなら、今回のオープンデスクの意味があったということでしょう。結果は今でるのではなくずっと先なのでそれを楽しみにしたいと思います。二人とも私の厳しい批評にめげず、ついてきたのだから期待しています。

index ←page3 page1→