アントニオ・サンテリア Antonio Sant'Elia

1888-1916
1888イタリア、コモ生まれ
ミラノ、ボローニャで建築を学びその後オットー・ヴァーグナーの影響を受ける
1914ミラノで行ったグループ展に置いて「チッタ・ヌオヴァ(新都市)」を発表、展覧会カタログに掲載された声明が、後に「未来派建築宣言」として出版される。これを機に未来派の活動が建築分野に広がり、イタリアが建築の近代的発展において各国の注目を集めるきっかけとなる
1916モンファルコーネで戦死。