大島昭夫先生(倉敷市)の

耳管開放症の治療法のまとめ

耳管開放症についての文献的紹介と自験例について


・成因

1.体重の急激な減少

これは耳管周囲の粘膜下組織の萎縮をともなう。

2.妊娠

サーファクタント様物質が新生児の呼吸を促進するために必要であり、妊婦において増加する。 そして、このサーファクタント様物質が耳管の開放圧に影響する。

Malm,L. The Influence of Pregnancy on the Eustachian Tube Function in Rats.
Acta Otolaryngol.104:251-254,1987
White,P.;Effect of exogenous surfactant on eustachian tube function in rat.
Am.J.Otolaryngol.10:301-309,1989

山口はエストロゲンが関与して、脂肪代謝が亢進し、耳管周囲の脂肪組織が 消耗するのではないかと推察。

山口 展正;耳管開放症に関する病態および疾患.Otol.Jpn.5:199-203,1995

3.耳管周囲の交感神経異常

耳管周囲の交感神経興奮により分泌の低下をきたす。

山下 敏夫 耳管における副交感神経分布
   耳鼻臨床 74:873-879,1981

見るからに神経質そうな、交感神経のかった方というのは、診察いすにすわられ、 こちらから耳がつまるでしょうと当てることが出来るようなことすらあります。


・症状

耳閉感、自声強聴、耳で風が吹くという訴えはよく聞かれますが、ご存知の通り、 これは多く前屈、横臥するとなおります。ふわふわする、気分が悪い、まで来ると、 昔の神経衰弱、今の自律神経失調症と言うことになります。精神科にまわされた人すらあります。


・検査

鼓膜は正常なものがほとんどですが、一見して薄く、またはnarbigなものも多くみられます。 microscopeでみると、呼吸にあわせて動くこともあります。

microscopeのもとでvalsalvaをすると鼓膜は容易によく動きます。手を鼻から離すと すぐにもとへ戻るものは開放の度合いが大きい。

純音聴力は正常がほとんどですが、低音部に骨導の低下が見られるものもあり、 これについては議論されているところです。
tympanogramでは呼吸にあわせたぎざぎざがみられるとの記載もありますが、 私は昔学会で報告しましたように完全に開放している症例では特異な型をしめすことがあります。

第9回日耳鼻中国四国連合地方会(s.58.11.12)
耳管開放症に特異なティンパノグラムと治療法の工夫

最近これを報告した文献もでました。
八木沼 祐司ら;鼻すすりの及ぼす影響
JOHNS 12:341,1996


・治療

開放の程度に応じて種々の治療法を選択すればいいかと思います。

1.加味帰脾湯

漢方で、石川 滋;耳管開放症に対する薬物療法の試み-加味帰脾湯の使用経験-
耳鼻臨床、87:1337-1347,1994

私もごく軽いものには使ってみていますが、割合効くようです。

2.耳管内注入

*Bezold液 サリチル酸と硼酸末を1:4の割合で混合
私は使ったことはありません。古典として残っているものです。

*ヨードグリセリン
ヨード 0.3  ヨードカリ 3.0  グリセリン 10-30の割合の液を、中空耳管ブジーで注入。
  高原滋夫 耳管疾患の成因と治療 P.5
昭和26年日耳鼻52回総会 宿題報告(研究抄録集)

*小川液
Gelfoam powder 1.0gr. Glycerin 10cc. 生食水 10cc の割合で一回0.3-0.5 ccを耳管内注入。
小川 繁久 ら(長崎大);耳管開放症の治療について-Gelfoam powder solutionの耳管内注入を中心として--
耳喉、47:461,1975

著者は側管付き鼻咽腔鏡で注入しています。例の尾関先生の鼓室造影の方法から その後松本憲明先生が新しく考案したファイバースコープがあります。
(小倉義郎、80回日耳鼻総会宿題報告 伝音系奇形  報告集P.87)
私はこの液をこの割合でごく少量、消毒したステンレスシャーレの上で作り、 ロック注射筒にイガラシのNo.20ポリエチレンチューブをつなぎ、 (注射筒とポリエチレンチューブとは18ゲージのディスポ針でつなぎます。 つなぐとき、針とチューブが細いので、チューブを暖めると柔らかくなってつながりやすいです) 注射筒にひき、さきに通気をしておいて確認し、その後この注射筒、 チューブのセットを通気カテーテルに挿入して耳管内に注入します。
大体一週に一回の割合ですが、開放が強くて来られたときは毎日でもします。
慈恵の山口先生は妊婦には鼻咽腔鏡検査すらしないと言われます。
山口 展正;耳管開放症の診断と治療  専門医通信 46:4-5、1996

これについて、直に山口先生と話をしました。それによりますと、 “キシロカイン麻酔および耳管咽頭口観察時に一過性の貧血の状態になり胎児への 影響をおそれているからです”とのことでした。妊婦の一過性の貧血というのは 鼻咽腔の耳管咽頭口あたりをさわったときの軽いショック様状態を指すようです。
私は出来るだけゆっくり、刺激を少なくすれば問題はないと思います。

*ルゴール噴霧
関西医大の山下先生らの方法で、耳管ネブライザー法により、 (この耳管ネブライザーというのはよくわかりません)1/2希釈ルゴール液を噴霧する方法です。
1回から数回で治癒したもの65.9%。
山下 敏夫ら;疾患の病態・治療-耳管開放症- 日耳鼻、97:582-585,1994

3.耳管咽頭口に操作を加える方法

*Pulec
耳管咽頭口の粘膜下に注射でTeflone pasteを注入。
Pulec,J.L.; Abnormally patent eustachian tubes:Treatment with injection of polytetrafluoehtylene(Teflon)paste. Laryngoscope,77:1543-1544,1967

現在Teflone pasteは、これの注射がint.carotid art.には入り、cerebral thrombosisを 起こした。そして、製造社はTeflon pasteのこの方法への使用を禁じた。 との理由でもう売られておらず、私が残りを高研から買い占めたのが残っているだけです。
O`conner,A.F.and Shea, J.J.;Autophony and the patulous eustachian tube. Laryngoscope 91:1427-1435,1981

*アテロコラーゲン
Teflone pasteの代わりに高研のアテロコラーゲンを用いる方法。
佐藤 宏昭ら;アテロコラーゲンによる耳管開放症の治療
耳鼻臨床 82:1063-1067,1989
高橋 晴雄;アテロコラーゲンを用いた耳管開放症の治療
JOHNS 11:1817-1819,1995

自保のホルダー(永島で試作し、その後改良が加えられて製品化されました)で 対側から挿入した鼻咽腔ファイバーを固定し、耳管咽頭口を明視下におき、高研の ヤング喉頭注入器で前唇を主に何カ所かに分けて0.5cc位を注入。これは大島式です。
以前は経口蓋法(鼻咽腔腫瘍の手術の時の経路)、硬口蓋と軟口蓋の境を切開、 ここから耳管咽頭口を直視下において注入したり、鼻咽腔ファイバーを挿入しておいて 軟口蓋から針を刺して注入したりもしたことがあります。
熊沢は、後唇付近に注入するとリンパの流れを障害するとの報告があるので、 注意を要すると述べています。
熊沢忠  耳管の基礎と臨床 第81回日耳鼻総会宿題報告(S.55.4.9)

*ヂアテルミー

malleable ureteric diathermy pfobe を耳管咽頭口に挿入してdiathermy coagu- lationを行う方法。
Robinson. P.J.et al.;Patulous Eustachian tube syndrom : The relationship with sensorineural hearing loss. Treatment by Eustachian tube diathermy. J.Laryngol. Otol.103:739-742,1989

4.Bluestoneの方法

これは少し変わった方法で特殊カテーテル,medicant intravenous indwelling cath-eter with flared tip.を鼓室から耳管内に挿入。
Bluestone,C.D.and Cantekin,E.T.;Management of patulous eustachian tube. "How do I it" Laryngoscope 91:149,1981

5.手術治療

*tensor veli palatini m. のtensorをhamulusの前方へ移動させる。
Misuruya V.;Surgical treatment of the abnormaly patulous eustachian tube
J.Laryngol. otol.,88:877-883,1974
Stroud,M.H.et al.; Patulous Eustachian tube Syndrome. Preliminary report of the tensor veli palatini transposition procedure.
Arch.Otolog.,99:419,1975

*tensor veli palatini m.のLig.をhamulusの外側で切断。
熊沢 忠 ら;耳管機能障害の手術的治療法-基礎と臨床-臨床耳科 6:78-79,1979

Hamulusを骨折させる方法をどこかでみたのですが、記録していません。

*金子 明弘ら;耳管開放症の外科的治療 Otol. Jpn.7:461,1997
内視鏡下に耳管咽頭口後唇の粘膜下へ、耳管粘膜と耳管軟骨の間を狭部まで剥離して 鼻中隔軟骨片を挿入する。
これは学会で実際に聞き、質問したのですが、あまり未だ経験はなく、難しいようです。 これをするのなら、経口蓋法で鼻咽腔を直視下におけば出来ましょう。

*tragal cartilage片を経鼓膜、耳管口に挿入する。
小林 俊光ら、;はなすすり、閉鎖不全耳管と耳疾患、耳展、40:342-346,1997

経鼓膜でtragal cartilageをくさび状にして耳管口に挿入する方法で、 ご本人に会ってお聞きしました。簡単に出来そうです。私も手ぐすね引いて待っている方法です。


以上今までに、文献を渉猟して集めていたものですが、開放にもいろいろの程度があり、 それに応じた方法をとっております。

まず、通気カテーテルでステロイドを注入してみる。これで症状がとれるようなら、 加味帰脾湯を追加。これで2.3週間様子をみる。
その後小川の液を注入して様子をみる。これでよくならねば、耳管咽頭口の粘膜下に アテロコラーゲンを注射する。何回か試み、Teflon pasteを注射する。
最後にtragal cartilageを経鼓膜で挿入するのを待っています。

耳管閉鎖不全は、形態的、特に耳管咽頭口部の異常によるもの、何らかの原因で耳管粘膜の 分泌が低下したもの、いわゆるfloppy tubeなどが考えられ、これらのうち、症状を 呈するものを耳管開放症と言ってはどうかと思っています。あくまで推測ですが 耳管の奇形もあるのではないでしょうか。1998.10


情報を提供していただいた

大島昭夫先生(a-oshima@po.harenet.or.jp)

ありがとうございました。


Shigeru Ishikawa (ishikawa@po.incl.ne.jp)