昭和17年4月1日

 おじいちゃんは赤紙をもらい、21才の時に金沢第七連隊、第一機関銃中隊に入隊した。金沢と富山の城端で、約一ヶ月間ずつ訓練し、それからすぐに城端から広島の港へ行き、そこから台湾へ向かった。台湾では、いろんな県から集まった日本の軍隊と船団をくみ、南方にあるベトナムのサイゴン(現在のホーチミン)に行った。

 おじいちゃんたちは、ベトナムに上陸するとすぐに警備したり、敵を撃ったりしていて、上空にはいつもB29(ボーイング29)やロッキードというミサイルを持った飛行機が飛んでいた。その飛行機はミサイルをたくさん落としてきて、戦友がどんどん亡くなっていった。夜中には山の中を前進し、敵の方を攻めていった。なぜ夜中かというと、明るい昼とかだったら敵に見つかるから。そのときについていけなくなった人などは、自分の銃で自殺していった。

 そんなことの繰り返しで昭和20年8月15日、終戦になった。この戦争は元々フランスとアメリカが手を組んで、日本をやっつけようとしていたようで、ベトナムが戦場となったため、ベトナムの人たちは巻き込まれていた。

ちょっと感想

 まだ、おじいちゃんの話はあるんです。
 ここからがおじいちゃんが”もうダメか”と思ったような、怖いことがあった時なんです。戦争で人が死んでいくのは仕方ないけど、戦友がどんどん亡くなっていくと、やっぱりおじいちゃんは辛かっただろうなあ。

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