大ちゃん(原田大助さん)との出会い

 最初にご紹介いただいた原田大助君のお話をさせていただこうと思います。
 原田大助君は、小学校六年生の時に大阪の養護学校から加賀市にある錦城養護学校というところに転校してこられたんですけれど、私と大ちゃんがほんとに出会ったなと思うのは、私が担任をさせていただいた中学校一年生のその春の日だと思います。

 大ちゃんと出会ったとき、あの私、とても大ちゃんに惹かれたんですけど、最初はほんとにどうしていいかわからない毎日でした。と言いますのも、私はなかなか大ちゃんと分かり合えるということがなかったんです。大ちゃんは、いつもいつも廊下の隅っこを廊下の窓の方を見ながら何かぶつぶつぶつお話しし続けてたんですけど、私がそばにいくとその話をやめてしまうので、いったい大ちゃんは何をお話ししているのかなということがわかりませんでした。

 それから、教室に原稿用紙がたまたま一枚おいてあったんですけど、それがたくさんほしいっていうので職員室に行ったら一枚もなかったので工作用紙がちょうど、こう、線が入ってますよね、あれをコピーして百枚ぐらい印刷して教室においたら一日に三十枚ぐらいでしょうか、何十枚も何かいっぱい書いているんです。ほんとにすごいスピードで書くんですけど、私は大ちゃんのその字を読むことができませんでした。あの、汚いって言ったら大ちゃんが怒るかもしれないけど、きっと大ちゃんは読んでもらおうと思って書いてなかったと思うんですけど、私には読むことができませんでした。
 書くっていうことを『執筆活動』って呼んで、私はそれを大事にしなかったんです。それで大ちゃんがずーっとずーっと書いていて、算数が始まっても、国語が始まっても書いてるから、大ちゃん、「執筆活動は休み時間にしてね。」っていって、その、書くっていうことがどんなに大ちゃんにとって大切かっていうことを、私はわかってなかったんだと思います。それからお天気のいい日も大ちゃんと遊ぼうと思うから、「こんなにお天気がいいんだから、執筆活動なんてやめてお外で遊ぼう」なんて言ったこともありました。
 お父さんとお母さんが、こんなにたまった原稿用紙を見られて「これが意味のあることだったら、すごいんだけどね。」っておっしゃるのを、もしかしたら、大ちゃんが傷つけてるかもしれないのに、いっしょになって「ほんとですね」って笑ってたこともあると思います。
 それから、私と大ちゃんは言葉のつじつまが全然合いませんでした。私が「大ちゃん、今日何曜日?」とか、「一時間目、なあに?」とか聞いても、大ちゃんは「おれ、カレーライス食ったわ。」とか、それから「おなかすいた」とか、そんな答えが返ってくるだけで、私から行くのと大ちゃんから来るのがいつも交わらなくて、私は大ちゃんに質問した内容が、きっと大ちゃんにとって難しすぎたんだろうって、何にもわかってなかったのにそんな風に思っていました。
 それから大ちゃんと私は、全然目が合わないんです。一生懸命大ちゃんを見ていても、大ちゃんは私のことなんかちっとも見てくれていなくって、それでも目を合わせてほしいから両手で大ちゃんの顔をぎゅっとはさんで、大ちゃんに『こっちむいて』っていうと大ちゃんは顔をこっちの方に向けるけど、目はこっちの方だけど黒目の方はきゅっとあっちの方を向いてしまっていました。うんと後で、大ちゃんは『ほんとに仲良くならんと目なんて合わせられん。』っていう詩を作ったんですけど、私はそのとき、仲良くなってもいないのに無理に目を合わせてもらおうとしていたんだなっていうことを思いました。

 それで私は、大ちゃんがいろんなことが難しいお子さんなんだという風に思いこんでいたものですから、何とか字が書けるようになってほしいなって、一年生くらいのお子さんがよく使われる点線の入ったテープがあるんですけど、それに『あ』っていう字を書いて「私の点線をたどってね、十回書いてきて」っていうそういう宿題ばっかり出し、それから漢字なんて全然出てこない、保育園か幼稚園のお子さんが使うような絵本だとか、小学校1年の教科書とかだけを使って勉強してたんですね。それをずっと一年くらい続けてしまっていました。私はなんて申し訳ないことしてたんだろうなと思うんですけど、そういうことに少しも気づかずにそういうことしてました。
 大ちゃんと私はずーっといっしょにいて、そのうちにだんだん仲良くなってきました。目が合わなかったことが嘘みたいに、大ちゃんもいつもいつも私を見てくれるようになって、校外学習なんかで外に出て私が歩いていると「はやくこんか、ひかれてもしらんからな」って言って手を引っ張ってくれたり、ずっとずっと見てくれてるようになったり、私は大ちゃんが好きでたまらなかったし、大ちゃんもきっと私のことを好きと思ってくれてたと思うんですけど、いつも見ていてくれて、だんだん言葉も合うようになってきたんですね。

 それでも私は大ちゃんの気持ちが全然きっと全部はわかっていなかったんです。でも一年半くらいたって、ある日、・・・大ちゃんすっごくファミコン上手なんです。学校にファミコンあるんですけど、どの教員よりも誰よりも上手なんですね。・・・それなもんだから、それなもんだからっていうのも私のちょっとへんな所かもしれないんだけれども、ワープロ好きかなって思って、関係なかったかもしれないんだけどワープロ好きかなって思って、私のNECの文豪ミニっていうのがあるんですけど、そのワープロを教室に持っていったんですね。大ちゃんはそれを見て、「おれ、これ好きやわ。」って言いました。そしてびっくりしたんですけど、たった一時間で使い方全部覚えてしまって、拡大も縮小も何もかもできるようになって、ほんとに不思議なんですけど、私は文豪ミニを使ったら、もうほかのワープロはまた機能が違うから、またいろいろやってみないとわからなかったりするのに、大ちゃんは全部どれでも最初に見たときからわかっちゃうんですね。

 私がいつも違うワープロなんかでとろとろしてると「やまもっちゃん、こんど弟子入りせいや。」て私に言うんですけど、それくらい上手なんです。パソコンもすごく上手でこの間、うちに遊びに来たときに初めてインターネットしたんですけど、すぐにつないで、すぐに好きなところを見てたので、したことあるのかな?って思って、錦城養護学校に電話したら、やってないよ・・・。そのときはやっぱりやってなかって、お家にもないから、やっぱり最初だったんで、すごいなって思ったんですけど、そんな風に大ちゃんはワープロが使えたんですけど、最初に打った言葉が、学校のお友達の名前で『みなみかわやすのり』君っていう名前を打ちました。みなみかわって打ったら、ちゃんと変換で出てきたんですけど、やすのりっていう言葉が、『やす』が、三本線があってこう人って中に水ってある泰っていう字なんですね。それで『のり』っていう字は竹がんむりに横に車書いてなんていうんだろ、こういうのなんですね。それが出てこなかったんですよ。それどうするかなってみていたら、びっくりしたんですけど、大ちゃんは泰の字を「お家安泰」って打ったんです。それで「お家安」っていうのを消したんですね。っていうことは、大ちゃんはやっちゃんの泰の字は「たい」って読むんだとか、それはお家安泰の時に使う泰なんだとか、そういうことも全部知ってたんだということですよね。
 それから、のりっていう字は「模範」って打って「模」の字をBSで消したんですね。「あ、小学校の教科書とか使ってたのにそうじゃなくって、大ちゃんはもういっぱい難しい漢字もいっぱい知ってるし、それなのに一回だって文句言わないで私の国語の時間を一年以上つきあってくれたんだなって思ったら、涙が出そうになりました。
 それで大ちゃんがどんどんどん打っていったのは、大ちゃんが作ったドラゴンボールか何かの脚本だったんですけど、活字にプリントされてきた字は、私も活字なんで読めたんですね。大ちゃんの字は今まで読めなかったんだけど、「あ、大ちゃんは今こんなこと考えてたんだ。」っていうことがすごくよくわかって、大ちゃん、すごいすごい、こんなこと考えてたんだね。って言ったら、大ちゃんもすごく喜んでくれました。
 きっと私が喜んだから、それがうれしかったんだと思うんですけど、そのとき大ちゃんは「あ、字って人にものを伝えられるんだな。」って、そのとき初めてわかったみたいなんです。

 で、そのとたん、大ちゃんはあんなに練習してもずっと書けるようにならなかった字をその次の時間から書けるようになりました。私はそのときに、人は自分に本当に必要にならないと、体の中にいれられないものなんじゃないかなって思いました。私たち、・・・あ、いっしょにくくっちゃいけないかもしれないけど・・・私は教員だったり、大人だったりして、すぐにね、なんでも押しつけちゃおうとか、教え込もうとか、そのお子さんがほんとに大事にしてなくても、必要性をあまり感じてないやり方で、どんどん何か、ものを教え込もうとかしてしまうけど、そうじゃなくて子どもたちは、本当に必要になったら、体の中にいれていくもんなんだな、そのときに思いました。

    

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