| ありのままの私
李政美 コンサート in 寺井町福祉会館 |
|
|
report 1 report 2 report 3 report 4 report 5 report 6 report 7 report 8 report 9 感想 |
|
コンサート主催までの、遠い道のり
| 『メール、ありがとうございました。いただいたメール、さっそく李政美にもを転送しましたところ、是非、やらせていただきたいということでしたので、7月にお願いしたいと思います。』(99.12.11)
すべてはこのメールから始まった。 教文部長としての組合の仕事は確かに大変だったが、「自分が計画すれば、実行できる立場にある」というのも事実。それはとても魅力的なことだった。
年が明けて2月、東京へ出張する機会があり、李政美の世界を見るとちょうど東京でライヴがあることが分かった。掲示板に書き込むと「遊びに来てください、打ち合わせもできたらいいですね。」の返事。正直言って、まだこの段階では主催について不安の方が大きかった。「歌手の人って、きっとつっけんどんなんだろうな」とか、「出演料が高かったら、断るのがつらいなぁ」とかね。しかし、チャンプルー『街』でのライブのすばらしさ、そのあと話したちょんみさんやhigegorillaさんの人柄が、yamaの目の前を明るく照らし出してくれたのだった。 うまい酒うまい料理、そして楽しい会話、暖かい雰囲気。 李政美コンサート in 寺井福祉会館への道を歩き始めたyamaだった。 2月に執行部の新しい役員が決まるとすぐに、今年度教育講演会としてコンサートを開きたいこと、そしてゲストに李政美を迎えたいということの了承をとる。もちろん、連絡調整、音響関係をすべてyamaがさせてもらいます、みんなには大変な思いをさせないからね・・・と念を押しながら。即OKをもらって、そこでhigeさんとコンサート連絡。音響の人にも会場へ来てもらい、そこで正式に契約。細かい打ち合わせはあるものの、コンサート開催の夢はこれで実現することが決定したのだった。 6月に入ると、今度は保護者向け呼びかけのチラシ作成に入った。しかし、最初の集約でがく然。キャパ500人といわれる会場なのに、組合員をふくめて100人ちょっとしか集まらないとの連絡を受けた。組合員だけで250近くいるのに、いったいなぜ?「保護者の方は、インパクトのある内容、それから、ミーハー的な人気に弱い」から、そういったチラシをもう一度作ってといわれ、再度作成。「週刊金曜日で紹介された」とか、「小室等さんが絶賛」とか、有名な人や雑誌などの名前を(矛盾を感じながら)並べたて、創ったチラシを見て、「このチラシはいいねぇ」ってあんたねぇ。 とにもかくにも、人に入ってもらえなければお話にならない。きっかけもつかめないからなと自分自身でなっとくして配布したチラシで、返事が300ほど返ってきた。と同時に、yamaの同級生や友人関係、教え子ちゃん、金沢のKAWAさんなどに連絡、また、聞善寺にも電話かけ、コンサートへお誘いした。誘った人たちが、みんな来てくれたのはとってもうれしかった。中にはお母さんと二人で自転車で何キロもはるばるやってきてくれた教え子ちゃんがいて、感激してしまった。 やることはやった、あとは当日を待つだけ。 next |