李政美との出会い

 出会いとは、そんなものである。

 「yamaさん、いつから李政美のFanになったの?」とよく聞かれる。
 今思うと、それは『誕生日プレゼント』だったのかも知れない。出会うべくしてであった・・・後から考えればそういう気もしてくる。しかし、その時は、偶然以外の何ものでもなかった。

 1999年6月6日(39才の誕生日)、連れ合いと映画を観に出かけた。
 タイトルは『在日』
 重いテーマと4時間を超える長さに、「きっと寝てしまうだろうなぁ」などと情けないことを思っていたのだが、2部構成のこの映画、最後まで画面から目を離すことができなかった。特に後半、6人の個人史の部分が素晴らしかった。実写映像が残っているのがすごい。79才のおばあさんがたんたんと語る言葉の一つひとつが、心の中にしみこんできた。新井英一を知ったのもこの映画である。『清河への道』、自分のルーツを探る彼の生き様と重なるような哀愁を帯びたメロディーが、映画の中で印象的に使われていた。(この中で李政美が歌っていたことは、後で知った^^; )

 物語!?は、その会場で手にした一枚のチラシから始まる。

 オープンテンプル 聞善寺のイベント「李政美 コンサート」聞善寺ちらし

 10月31日(日)本堂で・・・と書かれたチラシを、なぜか気になり持ち帰った。目に見えない『何か』に導かれていたのだろうか。4ヶ月後、yamaと敬子は、聞善寺の本堂に座っていた。
 たくさんの折り込みチラシの中の一枚である。ふつうはそのままどこかに紛れ込んでもおかしくない。よくぞ訪ねていったもんだ。

 会場には、ギターやバイオリンと並んで、見たことのない太鼓が置かれていた。(あとでチャングという名を知る)。この太鼓を使い、どんな演奏を聴かせてくれるのだろう。雰囲気の中で、気持ちが高まっていくのを感じた。

 オカリナの音色で始まる「わたしはうたう」、その幻想的な音色とメロディーに衝撃を受ける。わけの分からない音楽だったり、民謡ショーだったりしたらどうしよう・・・。もしかして演歌かな??何て思っていただけに、この曲はインパクトを持ってyamaの心の中に染み渡ってきた。京成線、わたしと小鳥とすずとなど、どの曲も心地よい。

 楽曲の良さ、歌声の魅力、語り・・・これまでに聴いてきた、どんな歌い手よりも優しく、暖かく、心地よい。歌詞を忘れ焦る姿もなんだか新鮮だった。おいでみんなここへ・・だったな。最近でた新曲だったらしい。yamaにとっては、全部新曲だったけどね。でも、そんな人間くささが同居していることと、それとは別人のような歌い手としての李政美に、洗礼を受けたような気分で帰ってきた。もちろん、CDを購入してサインももらった。

 それから毎日、車でそのCDを聴くことになる。聴けば聴くほど、その世界に引き込まれていくのを感じる。この李政美を、もう一度聴きたい。そして、沢山の人に知ってもらいたい・・・。ここからyamaの、李政美体験記が始まる。

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