観た建築の感想 index


2000/12/11up
 
黒壁ガラス・スクエア  滋賀県長浜市元浜町
1949/01 NA1994/06/06/124
ここの商店街は、協定があるのか全て10:00開店。一時間も早く着いてしまい、数々ある店の中は観ることができませんでした。僕としては長野の小布施よりいい感じでした。隣接する旧商店街の寂れ方を見ると、街おこしが成功していることがわかります。僕たちが探検している間にも雑誌社の撮影でしょうか、数組が街を撮っていました。

RB(びわ町産地形成促進施設) 遠藤秀平建築研究所   滋賀県東浅井郡びわ町大字南浜
国友工業  SK2000/08
琵琶湖湖畔の道路を走っていると、道路沿いに遠藤氏お得意のコルゲートチューブを使った地元野菜などの直売所がある。コルゲート先端をキャンチ庇として持ち出すために、波の中に丸鋼で補強していた。あの厚さなら波の強度で持つかと思っていたけど、細かい補強が必要なんですね。

サイクル ステーション 米原  遠藤秀平建築研究所   滋賀県坂田郡米原町米原西54-5
市川工務店 1994/11 SK1995/02/194
米原駅の西口側にある自転車置場です。自転車置場としてはお金がかかっているのかな。普通ならアルミの既製品の安っぽいモノになりそうだけど、ちゃんと設計事務所に依頼する事自体まれでしょう。自治体に座布団一枚 !

テクノプラザ/岐阜県科学技術振興センター・VRテクノセンター  リチャード・ロジャース・パートナーシップ・ジャパン 岐阜県各務原市須衛町4-179-1
大日本・市川建設工事JV 1998/07 SK1999/07/100・NA1999/06/28/118
このエリアには見るべきモノが幾つかあって、鈴木エドワード建築設計事務所の日立建機岐阜支店・黒川紀章建築都市設計事務所/リチャード ロジャース パートナーシップ ジャパンの天野製薬岐阜研究所などがあります。有名事務所ではないのですが、向井建築事務所の作品もあります。小さいけれどピリッとした建築として仕上がった、オフィスです。どれも、民間企業なので外から見るだけで、中を見学できるのはテクノプラザのみなのが残念でした。

テクノプラザは、こういう場所で働けたらいいなぁ・・・というようないい環境のオフィスです。『日経ニューオフィス賞』も受賞していますし。しかし、カフェテリアでは、BGMがラジカセ・・・でした。こういう立派な建築で ? なんか違和感を感じました。ランチを食べたのですが、素晴らしい環境に似合わず、後悔するような味でした。周りに食事をする場所もないので仕方がないとはいえ、あれはないよな。って味。


JA大垣グリーンパーク 永田・北野建築研究所 岐阜県大垣市東前町955-1
宇佐美組,土屋組 他 1994/03 SK1994/08/167・NA1994/07/18/192・NA1995/02/20/051
永田・北野建築研究所は白浜のホテル川久を始め、単価の高い建築の設計が多いのですが、こういう事務所建築で、どういうやり方をするのかを見たいなと思って見学コースに組み込んでみました。場所がわからなくてガソリンスタンドで聞いたのですが、正式名称より『パーマ』という名前で地元では呼ばれているようでした。

ホールなどの外壁はコンクリートの上に左官の刷毛引き+目地切りで高級感を醸し出しているのですが、なんとなく事務所棟の鉄骨造が体育館のように見えて違和感を感じた。それよりも建物を使いこなしているという印象が薄くて、勿体ないような感じだった。


ソフトピアジャパン・ドリーム・コア  大江匡/プランテック+向井建築事務所  岐阜県大垣市今宿6-52-16
鹿島・土屋・岐建木村特定建設工事共同企業体 SK2000/10・NA2000/10/02/082
今回一番美しいと感じた建築だった。完成して間もないせいもあるだろうけれど、ガラス面が美しく隅々まで清掃が行き届いている印象を受けた。

ライブラリーにあるパソコンで、ウェブにアクセスしてみたらあまりにもの速さに驚いてしまう。こういう環境で仕事ができたら・・・他には行けないな。


国際情報科学芸術アカデミー/マルチメディア工房  妹島和世・西沢立衛 岐阜県大垣市領家町3-95
土屋組 1996/10 NA1997/02/17/132・NA1996/12/30/008
下調べが悪く、見学日が決められていました。第一木曜日の14:00からのみとなっているようです。偶然第一木曜日だったのですが、時間が合わなくて、仕方がないので外からだけでも(外部ならOKらしい)と思って、見学していたらちょうど通りかかった学生さんが『観たい ?』と声をかけてくださり、運良く内部も見学することができました。Mクンありがとう !

噂通り、かなり汚れていましたし地下部分の外壁クラックからの水漏れもあり、また鉄骨も塗装が剥がれ錆の浮いている部分もかなり目立ちました。屋上の防水端部は銀色の防水テープで処理してあるのですが、こんなんで大丈夫かい ? というような納まりです。

しかーし。プロポーションとして縦長の天井高の高い空間と光の入り方は、これまでに経験したことのないものを感じました。内部間仕切の樹脂製の波板についても、これまで私は『そんなペコペコの材料なんて・・・』と思っていたのですが、よーく考えてみると『石膏ボ-ド+ビニルクロス』というような壁と比べると、よほど正解なのではないか ? 

建築としては長持ちする材料であるべきであって、それを無視した汚れや経年変化に耐えられない材料やその使い方は、空間が良くてもやってはいけないことである。・・・と、思ってきたのですが、その考え方自体は自分としては変えるつもりはないけれど、これをみてそれが全てではないような気がしてきたように思う。なんとなくそれでも訴えかけてくる何かを持っている建築の造り方(建築・・・ではない)を感じることができた。そういう意味で学会賞は意味があると思う。

汚れを含めて、周りを回る廊下に面してのトイレの違和感などの欠点はあっても、やはり建築だなぁと思わせてくれるモノがあって、僕は今回見学してすごく良かったなぁと思っている。


岐阜県営住宅  岐阜県本巣郡北方町大字北方字長谷川
総合コーディネーター: 磯崎新/外構設計: Martha Schwartz, Inc.・施工:杉山建設株式会社/妹島棟設計:妹島和世建築設計事務所 山清設計・施工:土屋組/高橋棟設計:ワークステーション 司設計・施工:宇佐美組/ホーリィ棟設計:クック・アンド・ホーリィ・アーキテクツ サニー建築設計・施工:岐建/ディラー棟設計:ディラー+スコフィディオ 岬建築事務所・施工:大日本土木
SK2000/05・NA1998/05/04/020
妹島氏のはやはり一番でした。住宅部分+バルコニーという図式はどれも変わらず、その根本に踏み込んだ妹島氏の計画は、これまでの集合住宅と一線を引くモノでしょう。バルコニーのないツルンとしたファサードは都会的であるのですが、穴として本体に穿たれたバルコニー用途のスペースの雑然さ(建築のせいではなくて使い方)との違和感が整理されると美しい集合住宅になるのでしょうね。片廊下側の上までズルーッと伸びた屋外階段は圧巻でした。

村のテラス-坂内村・森呼吸渡辺誠/アーキテクツオフィス  岐阜県揖斐郡坂内村字南川尻77番地
西濃建設 1995/08 SK1996/01/215・NA1995/11/06/106・NA1996/02/19/141・NA1996/02/26/088
何もない自然の中を走っていてカーブを曲がると、突然メカニカルな建築が目に入ってくる。こういう場所まで監理で通ったのかなぁと他人事ながら大変だったろうなと思うような場所です。しかし、コーヒーを頼むと注文を受けてから豆を挽いてくれるというなかなかいいサービスのカフェでした。こういう場所で、こういう建築の提案に対してOKを出した坂内村はすごいと思う。

・・・という日程で2000/12/06・07の一泊二日で行って来ました。中部建築賞の授賞式・懇親会は僕にとってはつまらないモノでしたが建築見学は得るモノが大きく勉強になりました。

それ以上にとってもすごいことがあって・・・最後の渡辺誠氏のを見てから、大垣に戻って米原周りで帰ってくるのは遠回りだし・・・と思い。まずそのまま国道303を直進して木之本に抜けようかと思ったら道路工事中で通行止めということで、んじゃ一度山道を通って157号線に出てそのまま大野-勝山-白峰を抜けて金沢に帰ろうか。そうすれば高速代も4100円浮くし・・・と和泉と相談したのが失敗。

持っている地図では主要道から順に赤・緑・黄色・白と優先順位が付けられています。157号線に抜ける(地図では)黄色線の道は細く、一応舗装してあるけど林道そのもので、かなり疲れました。まぁ157号線に出れば赤の主要道だからと期待したのですが・・・そっちの方がすごい山道で・・・ガードレールもなくなり、そのうちトラロープに。もっといくとロープもなくなり、崖が怖くて・・・。

多分、岐阜と福井の県境あたりの峠の上り坂でしょうか。突然、アスファルト面が凍っていて(そんな気配は全然なく周りの山にも当然雪のかけらもなかった)車が崖に向かって滑り出し必死で止めようとあれこれ(一瞬のことなんだけどすごく永かった)やって、ようやく頭側を山側に向けて止めることができ、生きて帰ってくることができました。

車が停まってから、外に出てみると数ミリの厚さに路面が凍っていて、滑って歩くことさえできないくらい。おそるおそる飛び出しそうになった崖を覗くと何十メーターの吸い込まれそうな崖で、和泉と抱き合って震えてしまいました。

運転テクニックではなく、偶然に山側に向けて停まったけど、数十センチ間違えていれば崖の下で今も多分まだ発見されていなかったでしょう(その道では対向車がなかった)。震えが止まってから、30分以上掛けどうにか車の向きを変え
結局Uターンして岐阜に出てから帰ってきました。もうすぐ福井県だとわかっていたし、後戻りすると200kmは損をするんだけど命あっての物種です。

うーむ。しかし、タイヤも交換したし・・・。万全だったのに。でもさ、その157号線って国道なんですよ。名もない林道ではなく国道。まさか、車一台通らない国道があるなんて思わないです。雪の気配もないし、天気もいいし、まだ日も暮れていないし・・・。

崖に突っ込んでいれば、多分発見されるのは数ヶ月後か来年くらい。捜索願が出ても、この道を通ることは誰も知らないし、最後の『村のテラス』でお茶を飲んだときに貰った領収書で「長村」と書いて貰っているのでそこが足跡の最後・・・ミステリー小説になりそう。

授賞式の翌日に何故っ ! 中年夫婦自殺か ?
仕事が無くて喰えずに世をはかなんでか ?

・・・など、新聞・週刊誌の見出しが頭をよぎって。友人・知人のコメントまで想像してしまったりして。もっとまともなことで新聞に出たいので、もうこういうことは止めます。

帰る車内で和泉と話したのですが、絶対にあれは死と隣り合わせだった。多分神様がもう少し生きて、いいものを設計しろということではないか。生きて帰ることができたのは、これからまだ必要とされているからだろうし、今仕事が無くてもまだ可能性が残されているからではないか。・・・と思いました。

んなわけで、今は仕事がないけどもう少し頑張ります。しかし、4100円の高速代をケチって金沢に戻るはずが天国・・・いや、地獄か・・・に行きそうになってホントにビビッてしまいました。


・・・って、大竹山氏にメールを書いたら

Subject: 天国からお帰りなさい!という返信が来て、奥様のふつこさんと二人で大爆笑だったって。みなさーん大竹山さんってこんな人なんですよ〜っ !


こんにちは

>ふつこさんと爆笑しながら読みました。

おぃおぃ。笑い事じゃねーよ! 地図では・・・というか、地図じゃなくても国道なんですよ。それがあんな車一台通らない道だとは・・・。・・・でも、やっぱり笑い事かな。

雪の気配も何もないんですよ。当然、スタッドレスです。でも、あれだけ厚さを持った氷だとどうしようもないですね。ただ、道が上り坂だったので良かったのですが、あれが下りだったら確実に天国行きです。

>抱き合って震えていた素晴らしいシーンを今度金沢で僕たちの前でちょっと再現してみてください。

じょーだんじゃねーよ。んなこと ! あの場だから、そういうこともアリなんですよ。あれだけ足が震えたのは初めてだったし、車の向きを変える作業に移る前に気を落ち着けるためにたばこを吸う手も震えていた。

車の向きを変えるのも大変で、そのままに置いておいても滑って谷に落ちそうで・・・。ゆっくり数センチずつガードレールのあるところまでバックして(当然和泉は車の外に出しました。谷に落ちるときは一人で・・・と)

昨日はそれを思いだして殆ど眠ることができませんでした。和泉は眠っていたけど。


でもいまだにおふたりの生還がおかしく、笑い事ではないとはわかっているのですが、ふたりの文章もかなりよく書けていて、ふつこさんも受けていました。

やはり神様がもう少し生きていい仕事をしなさいとメッセージを送ってくれたんだとおもいます。

でももうユーノスを下取りにだして他の車を買おうとか絶対にできませんね。大切に何かご褒美をあげてくださいね。今度夏になったらいっしょに現場にいきましょう。ぼくも興味しんしんです。


もうあの道は二度と嫌だっ !
ちなみに和泉が書いたメールです

先日、死にそうな目にあいました。きっとこんな気もちもすぐに忘れてしまうのだろうけれど、今、何をするにも嬉しく思う。

6・7日は名古屋で中部建築賞の授賞式でした。いつもお出かけすると、その近辺の建築を見学してきます。今回もいくつか見て、最後が岐阜県の大垣市から北上した揖斐峡のずっと奥にある建築でした。そこから金沢に帰る場合、大垣市(名古屋から北西の方向)までまた南下して後戻りし、米原から北陸自動車道へということになる。でも、地図を見てみると、揖斐峡から西へ向かってちょっと山越えをすれば、北陸自動車道の「木之本」インターに出ることができるのを発見。

よし、天気もいいし、スタッドレスもはいてるし、まだ3時前だし、山道と言っても国道だから大丈夫だろうとそちらへ行くことに。が、道路工事中で通行止めとのこと。なーんだ、と改めて地図を見ると、揖斐峡からどんどん北上すると、福井県の勝山市に抜けることができるのをまたまた発見。

こちらも国道で、石川県の鶴来に通じる157号線。こりゃ、なじみの157号線!大体、同じ道を通って往復するのはつまらない!と思う性格なので、何の迷いもなく北上することにしたのです。道はずーっと狭かった。「これ、国道ってうたっちゃいけないよねー」「ガードレールが両脇にないところがあるじゃない!」「対向車がまったくいない。もし、ここで事故を起こしても、だれにも気付いてもらえないねー」なんて言いながらのドライブでした。多分、あともう少しで福井県との県境にたどり着くころだったでしょう。

左が壁、右がガードレールのない崖の上り坂でした。突然、ユーノスがハンドルをとられて崖に向かってツツツッと滑っていったのです・・・。長村さんが必死にハンドルを合わせようとしたけど、「もうダメだ!こんな道、走ろうなんて思わなきゃよかった。パパ、ママ、長村の父、母、ごめんなさい。長村さんはまだ、設計しなきゃいけないのに!!」と心の中で叫んだ瞬間、すんでの所で車は方向を換え、今度は壁に向かって滑り出しました。「壁にぶつかっても止まらずに、また崖に向かって滑って行くかも!」と恐怖に固まっていた私。

幸運なことに、地面には枯葉の固まりがあって、タイヤがうまい具合にそれをかんでくれたものだから、壁にぶつかる前に、車は道路の進行方向に向かって90゜近い角度で、頭を壁に、お尻を崖側にして停まってくれました。車から下りてみると、普通に立っていることすら難しいくらい、道路に厚い氷の層ができてた。もちろん、そこから先に進めば、今度こそ本当に命がないと思いましたので、後戻りすることはすぐに決めましたが、車を元の体勢に戻すことすら恐怖です。長村さんに「和泉は車から出ていろ」と言われました。私にしたら、車をそこに置いたまま、どれだけ時間がかかっても歩いてふもとまで下りたかったくらい。だって、車に乗った瞬間、また滑り始めたらどうしよう・・・と、本当に怖くて。でも、もし、ほかの人が車で通りかかったら、その人が大変なことになるから、そういうわけにもいかず、涙が出てきました。

とにかく車を元の体勢に戻し、なるべく壁側の路肩に寄せてガードレールのあるところまでバックで下がり、そこでUターンすることに。もちろん滑らないように私は靴を脱いで裸足です。私一人の力で、車1台、動かせるはずもないのに、車を支えないでは居られませんでした。何度も切り返して、その度に胃が鷲掴みにされるような思いでしたが、なんとか成功しました。崖の下を覗いてみたら、数十メートルはありました。

「落ちてても不思議じゃなかったよね。神様はこんなやつ要らないって思われたら、きっと落としてたよね。まだ、建築をやりなさいってことなのかな・・・」って長村さんが言いました。

ああ、人が生きるということは、ただ運に左右された結果ででしかないと思う今・・・。「長村さんとケンカなんかしてる場合でないぞ。行って来ますとどちらかが出かけた場合、元気で帰ってくるかどうかなんてまったく分からないんだから」ってつい、殊勝な気持ちになって、少々、健気な妻を演出中。(まあ、3日、保つかどうかってところでしょーが。)

友人が「崖に落ちていたら、知らない人は『中年夫婦、謎の自殺』とか、いろんな憶測も流れたかも・・・・」と言いました。知ってる人は、謎どころか、きっぱりと断言したでしょう。「生活苦にあえいでの心中だよ」「もう1年以上、仕事なかったらしいしね」「山越えなんて、高速料金を出し渋り?? わずか4,000円ほどだよ。一人につき2,000円の命? まことにもってやっすい命だねー、あの二人」「まあ、授賞式の帰りだったらしいし、最後にちょっとだけ喜ばせてもらって逝ったんじゃないの?」周りのだれもがまことしやかにヒソヒソ言ってるのが聞こえて来そうだ。

しかも、対向車なんて1台もいない。それどころか、私たちがあんなところを通って金沢に帰ろうとしているなんて、だれも知らない。ケータイはもちろん圏外。だれが発見してくれるというのだろう。次の日、仕事が入っていたので、「長村が無断欠勤だ!」とお怒りの電話が入ったことでしょう。でも出ないでしょ。「名古屋で遊んでるな?」と行方不明1日目が終わる。でも次の日も出てこないとなると、「あれ、おかしい」ということになるでしょ。2日目、捜索が始まる。が、授賞式後の足取りがつかめない・・・。崖から落ちて、たとえ命があったとしても、凍死か餓死か衰弱死。白骨化したところを偶然、発見されるのがオチだったでしょう。ううぅ〜、さぶぅ〜。

やりたいことは思いたったときにやっておくに限る!
というわけで、食べたいものは食べたいときに食べるに限る。
というわけで、私はますます貫禄がつく予定です。

和泉


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