珠洲の住宅について index

いまどきの田舎屋

『田圃を二枚潰して造成しました』と言われて見せてもらった敷地に驚いてしまいました。運動会でもできそうな、青々と稲が植わった田圃に囲われて拡がる500坪という敷地なのです。次に、設計条件を聞いてもう一度驚いてしまいます。
『三人娘がいるんだけど、そのうちのどれかが珠洲に帰って来たくなる家を・・・』。そんなこと設計者が解決できるはずもなく、しかし簡単に「できません」と断わるのも癪で・・・というわけで「頑張ってみます」と返事をしたのはいいけれど・・・。

公共施設ではあるまいにこういう贅沢な敷地を与えられて設計者は何を考えるべきなのか。住宅を設計するに当たって敷地条件は厳しいのが通例で、変形だったり、すごく狭かったり、隣地に建つ住宅との関係が難しかったり、道路と段差があったり、もっとすごいと敷地内に段差があったり・・・。それを逆手に取り敷地をうまく活かした住宅を考えていくのも設計の楽しみであったわけだけれど、そのどれにも該当しないということは、敷地条件が良すぎるということで、言い訳しようがない・・・。言い換えれば『あなたの実力を全て出していいものを創って下さい』ってことでしょうか。

この住宅は設計者にとって、「敷地の制約が少ない」ということは、こんなにも大変なことだったのかと初めて気付かされた仕事でした。これまで『もう少し広い敷地があれば・・・』なんて思っていたのですが・・・。

さて、この田舎の広大な敷地を活かすには・・・をテーマに考えてみましょう。敷地条件が厳しいという制約は「都市型の住宅」にありがちです。この住宅は都市型住宅と正反対の位置付けになるのは明らかなので、田舎の住宅の在り方について考えてみればいいわけです。都市部で住まいを設計するときは、土地の価格の高さゆえに狭い面積をどう効率良く使うかを工夫し、「無駄」を如何に空間処理で解決するかに力を注ぎます。
しかし、今回のような田舎の住宅では、その「無駄」こそが大切なキーワードになりそうです。

これまでの仕事を通じて、珠洲の人々にとって如何に「お祭り」が重要な位置を占めているかを知る機会がありました。9月の一ヶ月間、それぞれの地区で行われる年に一度の「お祭り」に掛ける人々のエネルギーは、こんなドライな時代になってもまだ失われていません。高さ10m近くの「きりこ」を曳く地区もあれば、「ひきやま」と呼ばれる山車を曳くところもあり、都会へ出てしまっている若い人も「お祭り」には何をさておいても帰ってくるほど重要なイベントです。各家庭では和室の続き間を開け放ち、御膳がずら〜っと並べられ、親戚・友人・知人がひっきりなしに訪れ、飲んで唄っての大宴会となります。

近年は、自分の家で結婚式や葬式をすることは少なくなったとはいえ、その年に一回の「お祭り」のためだけに和室の続き間は、現在でも住宅における重要なアイテムの一つになっていて、能登で住宅を設計する際に避けては通れない設計条件の一つです。

50人近いお客様が訪れるそのお祭りの日のために、人の靴を踏まなくてもいい、広々とした、昔でいうところの「土間」を取り、そこから直接和室の続き間に上がることができるように、25mにも及ぶアプローチと18帖を超える玄関に「無駄」を盛り込もうと試みました。

リビングや寝室において、都市型住宅では効率で処理される「天井高2,400」を、吹抜などを駆使して少しでも空間的にリッチに見せる努力をしてきたわけですが、こういう場所では「どういう寸法が気持ちいいか」で決める方が似合っているようです。「おおらか」な寸法取りをするのが田舎屋的ではないでしょうか?

オープンなキッチンで向かい合って話をしながら料理をしたいし、リビングとも繋げたい・・・というのも設計条件の一つでした。確かに、キッチン・ダイニング・リビングと連続した空間を確保することによって、広く感じることはできます。しかし、キッチンからの汚れは空気中に拡散します。当然リビングにも・・・。食事の後、リビングに通したお客さんにその日の献立が分かってしまうことのないような配慮も必要です。

このような要望は最近多くなってきているように感じます。今回は空間ボリュームを充分獲ることによってそれらを解決し、また、ダイニングとリビングの間に大きな引き込み戸を設けることによって、食事の後の散らかった状態を隠すことのできる仕掛けを用意してみました。しかし、このように階高を十分に獲ることや戸袋を外部に大きく張り出すことができたのも十分な敷地がある田舎屋だからこそだと思います。

また、この設計は娘さんが戻って来られることを予想した二世帯住宅です。玄関の右側は『お祭り』用のパブリックスペース。左側が『家族』のスペース。二階が『若夫婦』のスペースと平面的にも断面的にもきちんとゾーニングすることができたのも敷地によるところが大きいでしょう。

いくら広い敷地だからといっても周囲を何かで囲うことはクライアントの要望にもあったのですが、田舎に相応しい、塀でもない、柵でもない、おおらかで、庭の一部に見えるような・・・ということを考えて、グリーンの土手を用意してみました。和室からは駐車した車も見えず、外部からもやさしく庭への視線を遮ってくれるような気がします。

マンションや都市型住宅にない「おおらかさ」に惹かれてのことでしょうか ? それとも、田舎の生活の良さが身体の片隅のどこかに残っていたのでしょうか?三人のお嬢さんのうちの一人が、この春に戻って来られるそうです。


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